農林害虫としての外来生物 −デイゴヒメコバチの例を中心に−
上地奈美(沖縄県農業研究センター,日本学術振興会)

 

  沖縄県の面積は国土の0.8%にすぎないが,明治以降の侵入昆虫のうち35%が沖縄県から最初に発見され,その多くは農業害虫である。植物防疫法や植物検疫によって外来の重要害虫類の侵入が厳重に監視され,国内の農作物を守るための努力が続けられているが,近年,農産物の輸入量が飛躍的に増大し,害虫侵入の可能性はますます高くなっている。また,地球温暖化に伴い,侵入害虫が北方に分布を拡大し定着する事態も予測されるため,沖縄県での防除の成否は,その後の被害拡大に大きな影響を及ぼす。したがって,沖縄県は,まさに,南方からの侵入害虫防除の最前線と言える。本講演では,侵入農林害虫の具体例として,デイゴヒメコバチを中心に紹介するとともに,侵入農業害虫に対する沖縄県のこれまでの対応も示す。本講演が,沖縄固有の生態系への脅威となっている外来生物への対策についての議論に,少しでも貢献できれば幸いである。
 デイゴ Erythrina variegata(マメ科)は古くから沖縄に導入され,県花として親しまれており,校庭や公園,道路沿いに植栽されている。このデイゴの若枝や葉脈がこぶ状に変形しているのが,2005年に石垣島で発見された。こぶを採集したところヒメコバチが多数得られたため,同定を依頼したところ,デイゴヒメコバチQuadrastichus erythrinae(ハチ目:ヒメコバチ科)であり,そして,デイゴのこぶは,本種によって形成されたゴール(=虫えい,虫こぶ,gall)であることが分った。ヒメコバチ類は,他の昆虫の捕食寄生者が多く,ゴール形成者はあまり例がない。デイゴヒメコバチは,ゴール内で卵,幼虫,蛹と発育し,成虫となって羽化したのち,ゴールに穴を開けて脱出し,樹上で交尾,産卵を行なう。成虫脱出後のゴールおよび植物組織は枯れるため,被害が大きいと,株のほとんどすべての新梢が枯れ,樹勢が弱まると考えられる。デイゴヒメコバチとそのゴールは,その後,八重山から本島にかけての広い範囲で発生が確認された。また,2006年に,デイゴの開花や開葉状況とともに,前年のヒメコバチの発生状況と,デイゴの開花や開葉との関連性を調査したところ,本島では,開葉・開花にばらつきがあり,宮古・八重山では開葉・開花が少なく被害が比較的大きい傾向にあった。最近では,被害はより拡大しているようで,枯死して切り倒されるデイゴもある。しかし,もともと,デイゴの開花・開葉にはばらつきがあるし,ゴールがたくさん形成されても枯死するとは限らないことから,ヒメコバチだけがデイゴの開花・開葉のばらつきや枯死をもたらしているとはいえない。デイゴが受ける被害を評価するには,デイゴそのもののフェノロジー,そして,デイゴを寄主とする他の植食性昆虫類や,樹勢やフェノロジーに影響を与える台風などの要因についても,考慮する必要があると考える。
 農林害虫類は,微小であったり,植物体内に潜んでいたりすることが多い。そのため,害虫そのものの発見が難しく,気が付くと被害が広がっていたり,症状だけが注目されて対応が遅れることがある。目先の被害とそれへの対応に気を取られた安易な防除対策は効果がないばかりか,抵抗性の発達や他の生物への影響などの弊害ももたらす。防除する標的をはっきりさせ,適切な防除法を検討するためには,害虫と寄主植物,そして,それらを含む生物群集の関わり合いにも目を向け,情報を集めることが,不可欠であると考える。